ねこまんまdeハーミット3 無人島バケーション!試し読み

~プロローグ~


『無人島サバイバルツアー? 何だそりゃ』

 電話の向こうで少しぶっきらぼうな返事があった。返事の主は玉野咲、英稜高校料理俱楽部の部長で、去年の秋の文化祭で初めて会い、年末の合宿で何となく気が合って、今じゃ時々連絡し合う仲になっている。

 俺は自室のデスクの前に座って姿勢を崩し、スマホのスピーカーをオンにしてコーラの蓋を開け、ぐいっと飲んだ。時間はもう二十二時、この夏もクーラーがないと東京の夜は過ごせない。

「うん、家族の会社関連で今度無人島テーマパーク? テーマリゾート? みたいなのを作るらしいんだ。そこで目玉にサバイバルイベントをやるからそのモニターをやってほしいって頼まれたんだけどさ。一緒に行かね?」

 この「家族」というのは俺・麻生一平の義兄である蘇芳のことだ。蘇芳は高校を卒業して今は大学に通っているが、実は密かに昴グループという日本屈指の企業グループの会長を務めている。今回の施設は昴グループ傘下のリゾート開発会社が新しく作ったものだそうだ。で、蘇芳からモニターを頼まれたんだけど「誰か誘ってもいいよ」と言ってくれたので、俺と優二人とも親交のある咲と渡瀬さんを誘おうということになったわけ。

 優は優で咲の彼女である渡瀬さんと仲良くなっているので、今回の計画を話したら目をキラキラさせて「ダブルデートみたいでいいな」とはしゃいでいた。かわいい。

『サバイバル――って、サバゲー?』

「違う違う、そういうのは無しで」

 最近はサバゲー(サバイバルゲーム)ってのが流行ってるからな。でもこの施設はサバイバル体験を謳いつつも家族で行けるようなリゾートらしいから、敵味方に分かれてドンパチやるのはご法度とのこと。危険な動植物も排除して、サバイバルなのに安全安心が売りらしい。ちょっと変な感じ。

「だから危険なことはないってさ。実際営業が始まったら、客が途中でギブアップしたってちゃんとすぐに助けが来て、残りの予定宿泊日数分は別のリゾート施設に移れるルールにするって言ってたくらいだから。まあ普通に楽しみに行くってことで」

『ふうん、でもサバイバルなあ……』

「場所は南方の無人島だから海で泳いだり魚捕ったり、トロピカルフルーツもたくさんなってて取り放題。自分たちで取ってきた食材は自由に料理したりできるぜ」

 料理俱楽部はやっぱり食べる方から攻めるのが正しいだろう。『うーん』と唸る声が少し揺らいでいるのがわかる。よし、もう一押し。

「テントとかの備品も事前に頼めば貸してもらえるし、本気でサバイバルしたい人はテントの区画であれば自分で枝や葉っぱで寝床を作ってもOK。自分の好みでハードにもライトにもサバイバルを楽しめるってコンセプトらしい。だからちょっとばかりハードめのキャンプだと思ってくれればいいんじゃないか」

『別にキャンプが好きなわけじゃ』

「あ、それからな、ちゃんとビーチもあるから海で遊べるぞ。渡瀬さんにも水着持ってくるように伝えて――」

『行く』

 そこで落ちたか。うん、俺も男だ気持ちはよくわかる。今から優の水着姿がめちゃくちゃ楽しみだからな! 実はまだ水着姿を見たことがないのだ。

 咲に見えないのをいいことに妄想でちょっぴり鼻の下を伸ばしていると、咲がぽつりと聞いてきた。

『それにしてもどうして俺たちを誘ったんだ? 池田さんなら藤田さんとか誘うんじゃないかと思ったんだけど』

 ああ、それ。俺は即答した。

「南美ちゃん誘ったらな、もれなく着いてきそうな教師がいてな」

『納得した』

 合宿のあの夜が脳裏によみがえる。俺と咲、事情を知っている二人を掴まえてあの教師が延々と惚気続けた、あの夜だ。万が一今回連れて行ってみろ、事情を知っている人間しかいない無人島だぞ? 絶対遠慮する質じゃない、惚気どころか目の前で堂々といちゃつきだすに決まっている。絶対、絶対、絶対にごめんだ。

 咲と二人、電話のこっちとあっちで無言で頷きあった。

 結局いくつか話をすり合わせ、後で詳細を送ると約束をして通話を切った。

 優と一緒に旅行するのも楽しみだし、久々に咲たちに会えるのも楽しみだ。俺以外はみんな料理が部活、きっと旨いものが食べられる。

 期待に胸を膨らませ、俺は残ったコーラを飲み干した。